京都文化博物館は、京都の歴史と文化を分かりやすく紹介する総合的な文化施設として昭和63年(1988年)に開館しました。京都ゆかりの優品が折々の企画に併せて紹介されている本館の総合展示室のほか、近代洋風建築として重要文化財の指定をうけた別館(旧日本銀行京都支店)があります。
2019年8月31日から10月27日にかけて開催された『辰野金吾没後百年 文博界隈の近代建築と地域事業展』において、VRを使った展示が開催されました。
「博物館は昨今、その扱う範囲を収蔵庫内の資料にとどめず、周囲の景観なども含めて取り扱う、言わば拡張された博物館としての役割を果たすことが求められています。今回の展示と同時期に、日本で初めて開催された国際博物館会議(ICOM)でも博物館の新たな定義が議論されるなど、博物館界は変革の時を迎えています。その意味で、当館別館は博物館活動の対象として今後もますます重要性が増していくと考えています。今回はエリジオンやライカジオシステムズの皆さまに協力してもらうことで、他の博物館でもほとんど行われていない方法にチャレンジすることができました(*)」(京都文化博物館 学芸員 村野 正景氏)
「近代建築への注目が高まる中で、ユネスコは産業遺産や20世紀の建物を評価する枠組みを設けました。近代建築の価値が新たに見出されていくことは人類が新たな宝を得たとも言える喜ばしいことだと思います。しかしながら、その宝は概して大きく、博物館の小さな収蔵庫で保管できる文化財とは異なります。しかもそれは誰かの手で利用され続け、維持・管理され、時に修復されなければすぐに形を失ってしまいます。明治建築界の首領たる辰野金吾とその弟子・長野宇平治が設計した旧日本銀行京都支店の建造物である京都文化博物館別館も例外ではなく、まさに近代建築の宝であると考えています。この宝の保存と活用をいかにすればよいか、という問いに対し、当館では多くの方々の協力を得て、いくつもの新しい取り組みを始めています。今回の総合展示では、重要文化財でありながら博物館の別館として現在も活用されている旧日本銀行京都支店(1906年竣工)の建物を3Dデータとして残すだけでなく、工夫を凝らして作られた屋根裏の構造や現在では珍しいスレート屋根の様子などを、来場者がVRで体験できるようにしたことで、深く印象に残る展示になったと思います」(村野氏)
「展示期間中は日頃から建物に親しんでいる近隣の方もVR体験をされました。近くで見ることが難しいスレート屋根や、鳥のように建物を見下ろして飛び回りながら建物の内外を閲覧できることに感動されていました。また、同時期に開催された国際博物館会議に参加していた多くの国内外の専門家もVRを体験され、3Dデータの作成方法やコストなど具体的な質問が多く寄せられました。これからの新たな研究手法として文化財の3D計測を、また新しい展示の仕方としてVR活用を提案できたという点でも、意義のある展示になりました」(村野氏)
京都文化博物館 別館を計測した点群データ
エリジオンは京都文化博物館での展示に際して、3D点群のバーチャルツアーを気軽に体験できるように、設定したルートに沿って自動で移動する機能を新たに開発しました。
「VR機器はコントローラを使って自由に仮想の3D空間を動き回れるという魅力があります。しかしながら、博物館の一般展示では誰もが簡単に体験できる必要があるため、一般公開として展示することは難しい、という同僚からの指摘もありました。こちらからエリジオンさんにお願いしたわけではありませんが、後日、私たちの思いが開発者の方に届いたのだと伺いました。企画展がスタートするまでのわずか数週間で、私たちの懸念が払拭されただけでなく、数千人の来場者の方に新しい体験をしていただくことができました」(村野氏)
「点群データは、どの点と点の距離を測っても正確な値が得られることから、建築構造の研究や2次元の平面図では視覚的に理解しにくい箇所の説明、部材の状態変化の把握や保全すべき箇所の正確な位置の決定などにも活用できると考えています。また、点群データを使ったVR空間で世界各国の研究者と議論を交わすことなども、既にある機能で実現できると知りました。建築やプラントなどの分野で活用が広まっているように、文化財の分野においても私たちの想像力次第で点群活用の可能性は大きく広がっていくと期待しています。魅力的な一般展示と効率的な文化財研究の両面から、今後も積極的に3D計測やVR技術を取り入れていきたいと考えています」(村野氏)
*今回の3D計測は筑波大学と文化庁の共同研究「文化財の活用を進めるための科学調査」(研究代表 筑波大学教授 松井敏也) の一環として実施されました