点群クラウドの活用で対応可能な現場の数が増加 ― 3D計測を起点とした新たな施工プロセスとビジネスモデル

株式会社イヌイ

過去図面の罠

「当社(株式会社イヌイ(静岡県静岡市))はもともと給排水設備や上下水道管、空調設備の工事を専門としてきました。公共施設のメンテナンスやリニューアルの仕事を多く手掛けてきましたが、ほぼ毎回、提供される図面と現場の状況が一致しないという課題に直面します。その理由はさまざまで、たとえば、当時の施工担当者が図面とは異なる方法で施工したケースもあれば、経年劣化によって配管が傾いたり、ズレたりしているケースもあります。そのためせっかく図面をもとに資材を加工したり準備したりしても、現場でやり直しや作り直しをすることが少なくありませんでした。それを防ぐためには、結局自分たちで現地の状況を確認し直さなければなりません。以前は、メジャーやレーザー距離計を使って現場を手作業で測量し、手書きのメモをオフィスに持ち帰って施工図を作成するという、手間と時間のかかる作業を繰り返していました」

イヌイは給排水設備・上下水道管・空調設備などの工事を請け負っている

3D計測と点群データ活用の取り組み

「現場確認と施工図の作成をより効率的に行うため、当社では2020年にライカジオシステムズ社の3Dレーザースキャナーと、点群処理ソフトのInfiPointsを導入しました。まず、現場をスキャンしたデータをスキャナー付属のソフトウェアCycloneで一次処理し、その後InfiPointsを使って円柱や平面といった特徴を抽出してある程度のCADモデルに変換します。そのデータを建築設備専用CADソフトRebroに取り込み、詳細な3D施工図を作成しています」

 

「従来のように現場で手測りしたメモをもとにゼロから施工図を作成していたときに比べ、この新しい仕事の仕方では図面作成の精度とスピードが大幅に向上しました。結果として、現場での施工の作業効率が高まり、無駄な手戻りも削減できています」

イヌイが保有するライカジオシステムズ社の3Dレーザースキャナー

クレーン車の選定に点群データを活用

「公共体育館のメンテナンス工事を行った際には、3D計測した点群を使ったシミュレーションが非常に有効でした。この現場では、大型設備をクレーンで建物内に搬入する必要がありましたが、クレーンを設置できる場所が限られており、屋根越しの離れた位置から設備を吊り下げなければならないという条件がありました。現場を実際に目視で確認しても、建物や設備、地形などの正確な位置関係を把握するのが困難だったため、現地を3D計測し、点群データをInfiPointsに取り込んでシミュレーションを行うことにしました。その結果、必要なクレーン車の大きさや、クレーン旋回時の周囲との干渉リスク、吊り下げ動作におけるクリアランスなどを正確に確認することができました。レンタルするクレーンは、小さすぎれば借りなおさなければならず、大きすぎれば無駄なコストが発生します。現場を正確に把握し、最適なサイズの機材を揃えることは収益に直結することをこのときも実感しました」

InfiPoints上にクレーンのCADモデルを表示し、計測した点群と組み合わせて施工シミュレーションを行う様子

 

CADソフトを用いたクレーンの可動域のシミュレーション。建物のCADモデルは点群をベースに作成

「またこのときは、体育館の天井付近には大きな梁があり、搬入時に設備が干渉してしまう可能性もありました。このような場面でも、点群データと設備のCADモデルを重ねて干渉チェックを行うことで、安全を確保できる最適な角度や搬入ルートを事前に検討できました」

施工図作成を請け負う新たな事業へ

「現在では自社の施工案件にとどまらず、設計事務所や機械メーカーなど外部の企業からもご依頼をいただき、図面作成を代行する機会が増えています。たとえば、『解体予定の大型倉庫の図面を作成してほしい』『大型設備の搬入ルートを3Dシミュレーションして検証したい』『リニューアル設計のベースとなるCADモデルを作成してほしい』といったお問い合わせをいただいています。従来のようにざっくりとした図面ではなく、現場に忠実な、高精度な図面やCADモデルを求めるお客様は増えていると感じています。当社では、それらのご要望に一つ一つ対応してきた結果、施工図作成が新しいビジネス領域となっており、今後も拡大が見込まれます」

点群データ、点群をもとに作成したCADモデル、CADソフトで作成したモデルを組み合わせて施工内容を検討した例

コミュニケーションツールとしての3Dデータ

「点群データを扱うようになって実感するのは、立体的な情報を可視化することで、関係者とのコミュニケーションが格段にスムーズになるという点です。2D図面では、実際の形状や空間の奥行きを正確にイメージできるのは一部の専門家に限られ、たとえ図面以外に写真があったとしても、そこに写っていない部分の状況までは把握できません。私たちが扱っている物は配管や設備などで、すべてが立体で構成され、立体的に組付けなければならないものです。それを3Dで伝えることはごく自然で、最も効果的な手段だと思います」

 

住民にも伝わる3Dの説得力

「たとえば、ある団地の水道設備のリニューアル工事を手掛けたときのことです。4階建ての建物と団地の敷地を3D計測し、Rebroで設計した足場と水道管のCADモデルを点群データに重ね合わせました。配管は複数の階をまたいで壁内を通していたり、建物とは別の位置に設置された受水槽から地下を通して分岐させたりしなければならない複雑な設計でした。このような構造を2D図面で説明しても、ほとんどの方にとって理解が難しいのが実情です。しかし、3Dで可視化したことで、住民の皆様にも工事の全体像を正確に伝えることができ、安心して工事を任せていただける雰囲気が生まれました。さらに、施工関係者間でも完成イメージが共有され、作業の進行もスムーズになりました」

住民説明にも役立ったInfiPointsを用いた団地の施工図面 

「ほかにも、敷地を3D計測していろいろと検討する中で、隣接する神社の木が設備と干渉してしまうことが判明しました。伐採をお願いするのは心理的にハードルの高い交渉ですが、干渉する様子を3Dでわかりやすく提示したことで、説明する側も気兼ねすることなく丁寧に相談を進められ、結果として神社の方にも納得いただくことができました」

小分けにした点群をクラウドで前処理―対応できる現場の数が増加

「InfiPointsの保守サービスにクラウド機能が追加されて以来、当社でも積極的にInfiPoints Cloudを活用しています。以前は関係者に点群データを共有する際、大容量のファイルをデータ転送サービスで送ったり、物理メディアにコピーして届けたりと手間がかかっていました。InfiPoints Cloudを使えるようになったことで、処理済みのデータのURLを共有するだけで、関係者が簡単に現場の様子を確認できるようになりました。たとえば、あるお客様はCADモデリングの作業を海外で行っていましたが、クラウド経由で、日本の現場データを手軽に、しかし正確に確認できることに大変喜ばれていました」

イヌイはInfiPoints Cloudを活用し、施工内容を海外の関係者とも共有している

「クラウド機能の利点は共有のしやすさだけではありません。ある現場では、点群データを一括で処理するのではなく、部屋ごとに20以上のブロックに分けて前処理するという方法を採用しました。従来であれば、各ブロックのデータを一つずつデスクトップ版InfiPointsにインストールし、作業が終わるたびに次のブロックを読み込む必要がありました。この方法ではインストールと処理を交互に繰り返すため、非常に非効率でした。今のところInfiPointsで点群データを扱う人員が一人のため、現場の数が多くなるとその一人の負担が大きくなってしまっていた、というのも正直なところです。しかし、InfiPoints Cloudを使えば、全ブロックを一括でクラウドにアップロードしておき、前処理が終わったブロックだけを順次ダウンロードして作業する、というサイクルが可能になります。このプロセスにより、待機時間の大幅削減と、並行処理による対応現場数の増加が実現できました」

 

点群データの需要はもっと高まる

「これまで、点群データはファイル容量が大きく専門的なソフト環境が必要なため、十分に活用できるユーザーが限られていました。クラウドで手軽に情報共有できるようになったことで、3Dになじみのなかった方にも見てもらう機会が増えました。今後はもっと点群データが身近なものになり、活用したいと考える人が増えてくると感じています」

 

「当社はもともと、給排水や空調など建築設備を中心に事業を展開してきましたが、点群データを扱うようになってからは、メーカーや建築設計事務所などこれまで接点のなかった業種の方々からも多く声をかけていただくようになりました。自分たちでも想像していなかったニーズがまだまだ世の中に存在していることを実感しています」

 

「自治体が公募する工事案件の多くは、昔ながらの2D図面しか添付されません。場合によっては図面が提供されないこともあります。このような状況では、現場の正確な把握が困難なため、企業側は失敗しないために余剰な見積もりや工程計画を立てざるを得ず、結果として社会全体として無駄が生じてしまいます。仮に現場の点群データが公募の段階で展開され、入札を検討する企業が事前にリアルな現場の様子を把握することができれば、正確で無駄のない計画を立てることが可能になるかもしれません。人手不足や資材高騰など業界全体が抱える課題に対して、当社としても、業界団体や自治体の方々に新しい仕事の進め方の一つとして点群データの活用を提案し、課題解決に向けて少しでも貢献したいと考えています」

InfiPointsとRebroを併用した図面作成の現場

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